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 それはGWの最中の出来事だった。妊娠6ヶ月後期の妻のおなかが張り気味というので、かかり付けの産科を尋ねる事となった。
大学病院は待ち時間が長い為、私は長男を連れ、近くの公園で時間をつぶしていた。そこへ、妻からの電話。子宮口が2センチ開いているので、緊急入院をするという主旨だった。急いで病院へ戻ると、妻は車椅子の上で不安そうな面 持ちだ。そんな妻を残し、私は入院の準備の為、1度うちへ帰る事になった。こんな時男なら動揺してしまうのだろうが、以前から妻よりもしもの時の為に、入院時の手順を聞いていたので、案外冷静に対処できた・・・つもりだ。そしてこの日から、長男と私の奮闘記がはじまったのである。
二日後の月曜日、会社を休み妻に教えてもらった通 り、区役所の生活支援課へ行った。保護者が何ら
かの理由で子供の面 倒を見られない時、特例として緊急保育がある。なんとも心強い制度だ。自宅から徒歩2分の保育園で受け入れてくれるというので、早速長男と面 接に行った。うちのような特例はよくあるそうだが、突然環境が変わるので、 子供が戸惑い、なかなか馴染めないケースが多いという。面接時は活発に走り回っていたので、「長男はきっと大丈夫!」と内心思っていた。夜、思っていたより保育園へ持っていく物が多くて、名前書きに苦労した。 翌日、朝6時に起床、長男を起こさないように朝ご飯の支度をした。7時に朝食、そして身支度をし、8時15分頃、家をあとにした。そして、保育園到着。長男を保母さんに引き渡し後、仕事に行こうとすると、大声を上げて泣き出した。私を見るその眼差しは、「僕を置いていかないで!」と強く訴えているようだった。その姿は、あまりにも予想外だったので、私は初めて見る我が子のそんな状況に、戸惑ってしまった。「早く行ってください!」保母さんの一言で、内心後ろ髪ひかれながらも、その場を後にした。
長男のその後が気になっていたお昼間際、泣きっぱなしでかわいそうなので迎えに来てほしいと、保育園から電話が入った。私は早退して、一目散に迎えに行った。長男は私を姿を見つけるなり、泣きながら駆け寄ってきて、まったく離れようとしなかった。そんな姿に、とても心が痛んだ。それからの長男は、どこに行くにも私から離れようとせず、トイレまでついてくるようになった。それからの私達の生活は、保育園のそばまで行くと長男は泣き始め、お昼過ぎになると職場に保育園から電話が入って迎えに行き、そして夕方になると、ママのいる病院へ足を運んだ。夜になると今度は夜泣きで、おんぶをして街を歩いた。
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